2011年6月4日土曜日

震災当時の話

 以前、60代のお母さんから聞いた話が僕の中からはなれません。

それは震災当時の話でした。

地震が来て高台に逃げている最中、あるおじいさんが「家に数千万を置いているから」と言って取りに戻り、帰らぬ人となってしまった。

水が引いた数日後そのおじいさんの家には人が群がったという。

カトシュンの優しさに触れた

 そうそう、僕がここで仕事をするうえで欠かせない存在がいます。
それが、カトシュン!自称僕の2才年上のお兄さん?
初めは「よくわからないなー」と思っていたのですが、一緒に行動するようになってからは、面白い人また優しい人に変わってきました。そのカトシュンの優しさにまた僕は救われました。
昨日は天気が良かったのですが自分の希望により、事務所での制度などの自主学習をすることに決めたのですが・・・・・いままであまり文字に触れてこなかった私が固い資料を読んでもさっぱり読み解くことができず、だ ら だ ら と時間を過ごしてしまいました。
夜、そんな1日だったと報告をして、切り替えて明日からやり直そうといつもより早く寝ようと寝室(カトシュンと共用)の豆電球をつけていたらカトシュンが来て「おやすみなさい」と言って電気を消して仕事に戻っていきました。その表情はいつもの優しいカトシュンだった。
許してくれてありがとう

2011年6月3日金曜日

再出発する二児の母

徳永美嘉さん率いる「つながる炊き出し隊」ファイヤー
今日の炊き出し隊の活動はhttp://tunagarutakidashitai.blog.fc2.com/ にて報告いたしますので、ご覧ください!! 
僕も炊き出しに参加する予定だったのですが ・ ・ ・ ・ ・ 突然、石巻市内の半壊借家の片付けのご依頼が入り、炊き出しは酪農大生にまかせ自転車で事務所を飛び出しました。※市内は渋滞しやすいことや裏道を見つけたことなどから車よりも自転車の方がかえって早いということが分かってきた。
ご依頼のあった方は、2人の娘さんを1人で養う母子家庭の40代女性でした。今は避難所の小学校で生活していて、以前から暮らしている借家の大家さんに今日になって「工事が入るから片付けろ」と言われてしまって緊急で人が必要とのことでした。片付けは順調に進み、お昼ごはんを避難所のダンボールで仕切られた家でお米、さつま汁、白身の焼き魚が支給されいただきました。
お話のなかで分かったことは、震災によって失業してしまって今日もハローワークに行く予定だったこと。しかし、パソコンが全く使えないのでなかなか就職が難しいことや、4月に個人的に配給された3万円以外の義援金は申請したが、いまだに振り込まれていないことなどが分かりました。作業中にも大家さんに5月分の家賃請求(普段の半額)をせかされていました。
収入のない母子家庭など、生活への自立が不利な方に対する制度や条例などはないのでしょうか?なにかいい情報がありましたら教えて下さい。
来週にもそのお母さんにPCの使い方講座を企画予定しています。
支援をするには正しい情報を理解していることが最低条件だと強く感じています。明日は雨が降りそうだから勉強タイムにあてようかな~

昨日訪ねた北上町にっこりサンパークに立ち並ぶ仮設住宅
計66世帯が入居することができる。
5月中旬に完成予定のはずだが・・・・・まだ作業中であった

2011年6月2日木曜日

つながる炊き出し隊活動報告

5月27日(金)
今日は60人の方が避難されている広渕小学校に行ってきました。前もって伺っていた要望にこたえ山形の牛丼を用意して行きました。年輩の方が多く『肉より刺身がいいな!』との声も聞かれましたが、牛丼もおいしいと喜んで下さいました。石巻や北海道の職員の方、小学校の先生型も一緒に召し上がりながら、山形のさくらんぼ、温泉の話に花が咲きました。昼食は自炊もしているとのこと、野菜の希望があり、届けることを約束しました。

5月29日(日)
今日は三重県から今、届いた小松菜、大根、わかめ、お茶を持って4か所の避難所に届けに行きました。
これらの支援物資は三重県の「はらぺこ青虫」という有機野菜のお店の西木さんの声かけで、支援物資を送りたいという想いを持った方々から送られてきたものです。なま物なので出来るだけ早く、そして大切に届けたいと思いました。先日伺った広渕小学校、そして相川子育て支援センター、蛤浜集会所、峰耕寺、皆さん野菜に対する要望が大きかったとのこと、とても喜んで下さいました。 蛤浜集会所と峰耕寺には6月2日木曜日、相川子育て支援センターには6月12日日曜日に炊き出しに行く予定です。

5月30日(月)
今日の石巻の天気は大荒れ、専修大学のテント村のテントが全滅し、渡波炊き出しボランティアメンバーも渡波小の体育館に避難したということでした。

昨日、支援物資を送って下さったグループから今日は渡波小に多量の野菜が届けられたとの報告を受けました。この野菜は、グループの農家さんが雨のなか収穫して下さったものを、声かけで集まった多くの方の協力で掃除をしてきれいにして送ってくださったものです。
また、「震災イベントの収益全てを野菜の送料にあてて下さい。」との寄付もあり、そのようにして野菜は送られてきました。

「つながり」が少しずつ広がっている事が実感できてうれしくなる瞬間です。
(徳永)

2011年6月1日水曜日

あっ、6月だ

かれんさんご報告ありがとうございます。かれんさんは石巻に来たことで方向性を変えられたしまったのですね。
4班の中山君からも7月下旬に手伝いに来てくれるとの連絡が昨日ありました。皆さん学業の合間に被災地に来ちゃうだけあって抜群の行動力の持ち主ですね(笑)
他にも地元での様子や変化がありましたら気軽に投稿してください。bloggerとしての栄養素は「返信」ですので、よろしく!

今日から6月に入りましたが、皆さんにとって東日本大震災からの日々はどう流れていますか?
僕が震災を経験したのは山形の高校の校舎2階で、3月14日のさよなら音楽会に向けて歌の練習をしているところでした。その時から予定が屈折し続けて、ここで暮らすようになりました。ある人に「この経験があなたにとって偶然で終わるのか、必然と言えるのかはそこで本気で生きない限り観えてこない」
と言われた。
新しい月を意識的に丁寧に過ごそうと思う。

お久しぶりです

お久しぶりで〜す
第2班の中村です(^ω^)

最近の様子を報告しようかなーと思います

今わたしは
[ぽちぽちプロジェクト]というものに参加しています笑

どんなプロジェクトかと言うと、東日本大震災の津波の被害によって流出してしまった家屋をPCに打ち込む作業です。
ちなみに、酪農大学は石巻・大船渡(約6万件)担当です。

先週、金子先生(環境GIS研究室)に手伝わないかと誘われました。
気の遠くなるような作業ですが日々PCと向き合っています(笑)
もちろん石巻エリア担当です(^^)v
こういった形での関わり方も大切だなと思いました。

興味を持った方は
「EMT」と調べてみてください。色々と詳しく載っています。


中村

ばたばた

今日は一日充実していました。というか、やるべきことはまだのこっているのですが・・・
まず6月2日の「つながる炊き出し隊」のために空のガス缶を3本渡波小学校に配送した。
昼に山形小国から船山ガスさんが輸送と回収をし、夕方にはカトシュンが取りに行ってくれました。船山さんはガスを無償で提供し続けてくれています。被災者に温か物を配れるのはそういう人がいてくれるからなんですね
ありがたい




そのあと大門町の葬祭会館ほたるに寄り道をした。目的は2週間前(?)くらいに配った花壇用の土がどんな花を咲かせているのか気になっていたからである。以前、パンジーの苗が植えられたことを知って、近くに来るたび見に行きたいと思っていた。残念なことに昨日の暴風雨のせいもあってか花は終盤でしおれ始めていた。しかし支配人も欠かさずに水やりをしてくれていると聞いてうれしかった。道路をはさんだ向かい側にある墓地はまだ片付いていなかった。あの津波で大切な人を失った人の中には、墓地に花をお供えすることもできない人がいることが容易に想像できた。

長かった一日のひとこまだけを紹介しました。
これが満潮時の冠水