2011年11月18日金曜日

岡田家の食卓をより明るくしてくれる咲和(さわ)ちゃん4歳。
「みんなで食べるとおいしいね」と家族みんなで囲む夕食を人一倍喜んでくれます。

僕が中島に来るきっかけとなったのは、咲和ちゃんのお父さん(よしさん)が夏の農作業中に草を粉々にする機械に右手を巻き込まれ、怪我を負ってしまったからであった。僕との関係は高校の21年先輩ということだった。
夏にヒッチハイクで伊豆の平和集会に参加し、よしさんとはその集会でお会いするはずだったのだが、その前日に事故は起った。集会の役員を務めていた高校の恩師の今野先生が「岡田君が来れなくなってしまった」と慌て、「今後の彼の農業(みかんやレモンの有機農家)は大丈夫だろうか」と心配していた。そのことを受け「僕、行きます。」と決断したのが始まりだった。

実際によしさんとお会いしてみると、中指と薬指が第二関節までなく、人差し指が第一関節くらいから付いている状態でしたが、顔色は良く言葉も前向きだった。
昨日は事故以来放置状態になってしまったみかん山の草刈りをよしさんと2人ブッシュカッターで行った。怪我を感じさせないよしさんのブッシュカッターさばきに見とれながら、斜面にがっちりと育つ雑草君に四苦八苦。そこからの景色は眼下にみかんの木が急な斜面に広がり、薄青い瀬戸内海に浮かぶ島々を見下ろすことができる。その景色を見て11年前(独身時代)のよしさんは「ここで暮らしてみようかな~」と思い中島で新規就農!就農2年後に奥さんのあきさんと一緒になった。
現在の岡田家には8歳の栞那(かんな)ちゃんと咲和ちゃんと、あと1週間で生まれてくるあきさんのお腹の中の男の子がいます。皆さんお二人の体が守られますよう祈り、覚えていてください。
 二人が学校や幼稚園から帰ってくると、僕は二人に操られ遊んでいます。明日は土曜日、1日中一緒にいるとなると相当体力が必要なので、補充の為にそろそろ失礼いたします。

2011年11月16日水曜日

愛媛に到着

北海道帯広市の一般的な中学校の修学旅行先は函館で北海道内で、高校で京都・奈良へ行くのがスタンダードなのですが、僕の場合は山形から行く北海道18泊19日酪農実習付きというコースだったので、only北海道でした。その際、行き損ねた京都での2泊3日の観光では清水寺と銀閣寺への寺巡りや、京都造形芸術大学への大学見 学、中山間地で有機農業を営む谷口農場(娘さんが高校の後輩)への見学とミブナの袋詰めなどを体験しました。宿泊先は先輩の部屋や、同期のアパートに泊めてもらい毎晩一緒にご飯を食べに行ってました。

昨夜は車内の熱い夜行バスで京都を出発し、今朝松山に到着。早速道後温泉の足湯につかり体を休め、その後、実習先の岡田さんと合流し、お昼過ぎにフェリーで中島に到着いたしました。

石巻での生活は僕にとって初となる住宅地での暮らしで、街での遊び方が分からなかったのですが、今回は家の前が海、山に向かえば柑橘(かんきつ)畑。得意な田舎暮らしのスタート!みかんへのイノシシ被害が増えている、この島でこれからどんなことが始まるのだろうか!?
 

2011年11月12日土曜日

東京にて

 山形の田舎から打って変わって大都会東京に来ています。昨日は雨だった東京の天気も、今日は晴れ。晴れてくれてありがとう
 今日はお昼から関東地方の同窓生(独立学園)の集まりに行ってきます。90歳を過ぎた元音楽教師の華子先生にお会いするのが楽しみです。そのあとも同級生と会い、今晩京都へ向かいます。
 
 
 
 

2011年11月10日木曜日

 雨の日が多かった山形での一週間の仮暮らしも最終日は晴れてくれました。そ
ろそろ愛媛への荷物をまとめて送らなければなりません。川崎家での生活が在学
中のときよりも、だんだん実家暮らしの感覚になりつつあり、北海道に帰ってい
なくても腰を下ろす事が出来る場所です。
 昨晩、高校時代の恩師、今野夫妻のお宅へお邪魔しました。お二人とも76歳を
過ぎてもお元気で、変らず生徒の溜まり場となっていました。これから始まる愛
媛への話を持ち出したのは今野先生でした。だから、責任を感じていた。言われ
るがままに動いているような僕の人生が本当にこれでいいのかと・・・。「外山
君自身の道がある」「その時々の関心ごとに時間をつかい、結局何をしていきた
いのか?」と問うてくれました。
  
 「如何に生きるか」

 と問うていよう。
 
僕は今晩、新潟発の夜行バスで東京へ向かいます。

2011年11月9日水曜日

 先日のワールドカップに私も参加する事になり、半年振りにサッカーをすると
・・・・足が・・息が・・動かない。(ちなみに現役時代もたいした動きません
でした)これからは丘でのみかん狩りが始まるというのに、こんな体力では心配

もう4日たったというのに筋肉痛が消える事がありません。
 動かぬ身体を精一杯動かし、川崎米農家で冬支度の準備を進めています。小国
には3m程雪が降り、雪が降り始めてからでは身動きがとれず、重みで物もつぶれ
る厳しい冬がやってきます。秋のヘックサ虫(カメムシ)が多い年は雪も多いと
いう話があり、今年のヘックは村人が驚くほど多いそうです。

 昨晩、小国フォルケにて武夫妻と川崎夫妻、僕と同期で今年卒業し10月まで
長野県の野辺山で朝四時からのレタス収穫を繰り返す援農に出ていた杖君とで、
すき焼き慰労会をした。途中、酔ってきた米農家の吉巳さんはTPPについて語
り始めた。TPPは農業か経済かを二者択一するような単純なものではなく、医
療の利用者、農業の消費者、この国の労働者など、全ての人が影響し、しかしご
くごく一部の人しか富を得ず、そのものだけが生き残る事が出来る「自由」な政
策でした。
川崎吉巳氏の主張を参考までに
http://www.peoples-plan.org/jp/modules/tinyd4/index.php?id=29

2011年11月6日日曜日

宮城から引き上げました

 少年はどこへ行ったのだろうと気にしていただきありがとうございます。
私、ただいま山形県小国町に帰ってきております。ここ川崎さんのお家で借り暮らしのアキエッティーとして多少のお手伝いをしながら、楽しく過ごしています。
 今日の小国はあいにくの雨模様です。母校ではワールドカップが開催される予定ですので、コンディションの悪い試合になるでしょう。それにしても「ワールド」の規模が小さくかわいらしいものです。
 
 僕が小国町にたどり着くまでの経過を報告しましょう。
10月末は連日、送別会を開いてくださり、おちゃっこお茶っこ大街道、お茶っこ湊、環境ネット、アプカス+酪農学園ボラ、それぞれが祝ってくれました。
11月に入り石巻から北上し母の実家にご挨拶をし、さらに北へ盛岡の兄のアパートにお泊り。そこでは東京から盛岡に復興関係で転勤になった叔父夫婦と会い、高校の同級生功ちゃんと遊ぶ。
 夜間、盛岡から秋田回りで山形へ向かう途中、石巻で知り合った若おかみの働く秋田県湯沢ロイヤルホテルに泊まり、4日お昼に山形に到着。

 こうして石巻での活動を引き上げたわけですが、宮城から愛媛に替え僕のブログは今後も続けますのでお付き合いよろしくお願いいたします。
 

2011年10月27日木曜日

おちゃっこ店長

本日の少年はおちゃっこ店長でした。
ランチメニュウーは・ごちゃ混ぜおかゆ
              ・とろろ昆布ねぎ味噌汁
                    ・ジャガイモと赴の煮物  でした。
ジャガイモは外山農場の新じゃがメークイン!また、ねぎは独立学園産使用!
おかゆ用白髪ねぎに挑戦したが苦戦。
本日のお客さんは19名。常連さん4名。環境ネットさん4名。ボラさん5名。大家さんの中村さん。
新人さん1名、ほか4名。
環境ネットさんとは連絡先を交換し合って別れを告げた。
「また来たときは声かけてね」と三浦さん(農家のおばちゃん)。いつも腰が軽くせっせと働きにこにこしている姿が印象的。芋煮会には有機農法で作った新米を提供してくれました!


  昨晩、湊のリフォームを終わらせ車に乗り込んだ19:30。吉巳さんからTELがあり11月上旬に手伝いの依頼を受け、奥さんの恵みさんからの伝言「最後に張り切りすぎて怪我や事故しないようにね」との忠告をありがたく受け取った。そう、いつも僕はそういうときに失敗するのだ。と、自分に言い聞かせたとたん、ギー 車のタイヤ付近をこすってしまった。ガックリ 
 体の怪我だけはしないよう気をつけようと反省。