2012年9月21日金曜日

イタリア旅行記Ⅱ ドロミテでは



 ローマ市街とチロル地方に属するドロミテを観光した後に、名作映画「ローマの休日」と「The Sound of music」(舞台はオーストリア‥ザルツブルグ)を続けて鑑賞するとなんだか親近感が沸く。2作とも初めてでしたが、どちらも必見ですな~
先日一人で入ったコロッセオ
毎日、朝美さんとアトリエにこもり制作作業し、ユーミンのCDなんかを聞いていると、なんだか日本に居るみたい・・・・と、錯覚してしまう。旅中にも「外国人の多い街だな~」と、そこでは自分が外国人のくせに自分中心になっているのが面白い。自分の居場所を変え、過去の常識と異なった習慣に出会う時、「郷に入っては郷に従え」この言葉が背中を押してくれる。構えてしまっても、自分流を抑え、受け入れてみると発見できる事がある。フットワークは軽くありたい。

 
 そうそう話は山上の待ち合わせでしたね。合流するために西へ向かう僕は、その時。


 おばあさんの道案内図を頼りに進むと、ところどころに分かれ道があり、橋もいくつかあるので、前を歩く家族に現在地を尋ねた。お父さんが取り出した地図を見ると、自分が反れた道を歩き始めていることに気づき、引き返そうとすると地図を渡してくれた。地図さえあれば後は体力と時間との勝負!
 涼しい山間地とはいえ黙々と登ると汗をかき、のどが渇くので、水飲み休憩を定期的にはさむ。その度に雄大な景色を眺め心が弾む。しかし同時に、その中でたった一人なのがやけに切ないのであった。


 ドロミテの主要登山道は森林警備隊が車で行き来できるよう広く、観光客ともすれ違い声を掛け合うから安心。

 水筒の水もキャンディーも、胃袋に入ったコルネットも消化されると、あとは気力だー!と、一人きりの寂しさから開放される喜びを前に、少々ふらつきを感じつつも、道脇の青い花を咲かせた高山植物で気を散らし歩く。
正面にロッジが見えてきた!自然に体が走り出し、ロッジ入り口に立つと、ウエイトレスが東洋人顔の僕を見るなり奥の席を指差した。先を越された!と感づき悔しさ2割、嬉しさ8割で再開を果たしたのであった(写真で見ても、その笑みから喜びが伝わるだろう)。

次回はドロミテでの生活をお伝えします。

2012年9月8日土曜日

山上の待ち合わせⅡ 

投稿者 加藤朝美
セーネスからフォダーラ・ロッジにぼくらが到着。まだ外山くんは到着していなかった。予定通りだと午後4時なのに…と外のテーブルや中のカッフェを覗く。やはり無理だったんだろうか? 2週間前にイタリアに着いたばかりで、アトリエで仕事をしていたから、イタリア全体のことが判ってないんだよね、まだ。遠回りだけど電車で来てもらって駅まで迎えに行くべきだったんだ、と反省が続く。おまけにここのロッジだと携帯がつながらない。
遅い昼食を頼んで友達と雑談していると、「ブォン・ジョルノ~!」と甲高い声で外山君がロッジに入ってきた。小国町のサッカー・ユニホーム8番で元気に登場。まあ、よく来れたものだよね、ここまで。もう三人で抱き合って再会の喜び。外山くんもテンションが高く、説明の声も大きく明るい。

 コルチナ側で道を聞いたイタリア人から、軽装と時間的な遅さから登りを反対されたり、朝からクロワッサン2つしか食べていない空腹だったり、サンダルが壊れて・・・、でも彼はたどり着いた。何か筋肉番付のゴールインのような感激があった。誰が何と言おうと山形の山奥で育っているし、ヒッチハイクで九州まで行ける人だから、心配はしつつも最初から信じていたんだよね(…苦しい弁)。ロッジのキッチンは閉めてしまったけど、W卵焼きスモーク生ハムの大判を特別にこの笑顔の日本人に作ってくれた。
外山くんのサッカー友達でフォダーラ・ロッジの息子・マックス。ラディン語、伊語、独語をしゃべるマックスと、たった三言、四言の伊語しか話せない外山君でも、サッカーは長く出来るんですよね。

2012年9月5日水曜日

イタリア旅行記Ⅰ


8月29日夜、イタリア旅行から無事帰って来ました!
この日は、イタリア北部ドロミテの電気も通じていない谷間の家を朝、車で出発して、ボローニャのブロンズ屋さんに寄りひと仕事した後、ローマに向かい加藤家に到着しました。
 一週間過ごした山間部のドロミテは、日中は半袖で過ごしやすいものの、夜は羽毛布団でなきゃ寝られないほど気温が下がる。霜が降りた朝もあり、夏でも薪で暖を取る生活を送っていました。樺太と同じ北緯にあるドロミテから、函館と同じローマに返ってくると、ん~暑い!と思ったのも、つかの間、9月のローマは涼しく過ごしやすい。日本はまだまだ暑いとか・・・・・


8月21日
 その日は、一人旅最終日で海の町ヴェネチアを朝、電車で出発した。朝美・しのぶさんとの合流目標地はドロミテの山の上のフォダーラロッジ!たどり着けるのだろうか?

朝、観光真っ最中のヴェネチア
  コルティナへは電車で一本(9€)。と思っていたけれど、その手前に終着駅があり、バスに乗り換え(3€)バカンス渋滞に巻き込まれながら2時間でコルティナに到着。そこから登山口のあるフィアメスまでバス(1€)に乗ること15分。
海から山へ  バス乗車中
畑育ちの僕は海より山派!「こんなとこで暮らしてるなんて~」とアルプスの少年ペーターを思い返す。
 朝食抜きでフィレンツエを出て、14時ようやく登山口まで着たものの少しおなかが減ったのでBARに立ち寄った。出来ればレストランでガッツリ食べたかったものの待ち合わせの16時を意識すると、そんな余裕もないので、クロワッサン2つとカプチーノを食べた。
 そのときは、フォダーラ行きはお散歩コースだと想像していたので、600mlの水と飴玉2つを持ちもの足りない胃袋だが先を急ぐことにした。

 入り口がいくつかのコースに分かれていたため、ベンチに座るイタリア人の老夫婦に英語で「フォダーラに行きたい!どの道?」と聞くと、指で示し「あの道だが、こんな格好で行くのか!? 4時間はかかるぞ! 今日はコルティナで泊まって明日の朝出発しなさい! なぜフォダーラに行くのだ!」と聞かれたので、「ぺデルー(フォダーラの奥で山を越えた麓)に友達がいる」と説明すると不思議そうに「友達?泊まれるんだな?じゃあ、川沿いを行き、大きな橋を渡った後、分かれ道を右に行きなさい」と絵を描いて教えてくれた。
 サンダルでも単純な道に安心して出発した。

 

2012年9月3日月曜日

山上の待ち合わせ  投稿者:加藤朝美

ローマを早朝に出発、その2時間後には岩壁の上の町オルビエートに到着。ここで外山君が降りて一人旅のスタート地点。そこからフィレンツェ、パドバ、ヴェネツィアに向かう。ぼくらはそのまま高速道路でドロミテへ。(更に+7時間)
フォダーラロッジと放牧された牛
ドロミテで彼と待ち合わせ方法を色々と話し合ったんだけど、日本から来たばかりの人には飛び切り難しいドロミテの山上ロッジで待ち合わせ。どのくらい難しいかというと、成田に着いたばかりの外国人と1週間後に長野県の上高地の上にある涸沢ロッジで、別々な県から出発して会うようなもの。

つまり、外山くんはヴェネツィアを観光した後、そのまま電車とバスを乗り継いでコルチナまで。更に登山口までバスで行き、そこから2時間半の登山。しかし彼は軽装甚だしいサンダル。

SS坂
ぼくらはその峠の反対側の県の登山口に居る。見るだけでも登る気が失せる激急なエスエス坂を登る。帰りはサンダルでは降りられないほど急なので、外山くんの登山靴をリックに入れて出発。ぼくらは取材も兼ねるから朝、出てセーネスで写真を撮り、デッサンを。途中で森林警備隊の友達にあったので、更にコルティナからの道を聞いて、外山くんの道のりを確認する。そこから外山くんに会うフォダーラへ。フォダーラ・ロッジは友だちのスキーの先生が経営するので、「もし日本人が瀕死の状態でたどり着いたら食事を出してくれ」と言ってあるけど、鉄人・外山なら平気だよね・・・。

2012年8月13日月曜日

出発準備もあるけれど

8日朝、朝美さんの運転でしのぶさん、僕の3人でローマ市街地へ行ってきました。
 画像でしか見たことなかった世界へ GO!!
ミケランジェロのモーセ像  サン・ピエトロ・イン・ヴィンコリ聖堂
見学中にもミサが行われていました。
ミケランジェロってホントに生きてたんだ
朝、あっさりとはっきりと現れた、違和感のないパワー
世界遺産のコロッセオの前で朝美さんの説明を聞く。
歴史の長さに想像がつかな~い。というのが本音で、ローマ帝国の力と築いた人々恐るべし!!
 
コロッセオのあとにBAR(バール)で、イタリアのスタンダードな朝食クロワッサンとカプチーノをいただきました。その後サン・パオロ・フォーリ・レム-ラ教会にも行きました。

 ローマ観光ばっかり?
   いえ、アトリエで朝美さんの制作助手もしていますよ。
 

型から外した蝋(ロウ)が、これからボローニャのブロンズ屋さんで
ブロンズに変身します。
  13日から半月ほどお出かけしてきます。
先ずは10日間ほど一人でフィレンツェやピサ、ヴェネツィアなどを観光しつつ北上。その間イタリア北部のドロミテで取材を続ける朝美さん夫妻と合流します。その後ボローニャのブロンズ屋さんを経由して帰ってきます。
  では半月後にその間の報告を致します。
水道屋さんのナンニさん家で頂いた羊チーズ。
どんな出会いが待っているのか、美味しい物や美しいもの
寂しい時もあるだろな~

2012年8月7日火曜日

時差との戦い

8月3日
 羽田~北京~ローマ

朝9時、飛び立った飛行機が日本アルプス上空を抜け、日本海をまたぎ北京に降りた。2時間のあいだに乗り換えを済ませ離陸した飛行機は、ユーラシア大陸を西へと太陽を追って進む。
 日本と7時間時差のあるローマに着いたのは、まだ日が沈まぬ夕方7時。やっとローマが暗くなったのは9時頃だった。その頃日本は朝4時。

4日午前は庭師のフランコさんとヤシの木の片づけ


トムとジェリーでしか見たことなかった!!オランダ産のチーズまいう~
昼食は畑で収穫した三尺豆のパスタと、自家製天然酵母を使用した全粒粉パン
6日
 初日には感じなかった時差を体はだんだん感じてきたようで、ボーっとする。あともう少ししたら、慣れていくのでしょうか?イタリアタイム。
 少し前まで実家のお手伝いをしていたぼくが、急に海外に逃げた!と驚かれましたか?詳しい話は後回し・・・・・・・・
 僕がこれからローマで3か月間お世話になる、彫刻家の加藤朝美さん・しのぶさん夫妻とともにローマからブログをお更新していきます。期間限定のダジャレ好き朝美さんの投稿は必見です!!


2012年8月1日水曜日

紫陽花-アジサイ-

雨をもらった庭の紫陽花が、ここぞとばかりに輝きを放つ   

8月1日
今朝、乾燥した大地に三週間ぶりの雨が降った。連日、真夏日だったため芋の茎は倒れ、葉は深緑から黄緑色に変わり、いずれ黄色くなり枯れていく。雨が少ないために成長の進みが早く仕上がりの段階に入ってしまったのだ。

小麦の収穫が最盛期を迎えている。地域が共同で所有している小麦の乾燥工場とコンバインを、主に男性たちが交代制で昼夜動かし続ける。好天のかいあって受粉率もよく、実もふくれていて今年のできは良好。
コンバインの運転をしている長男のタカちゃんは雨のため一時待機で帰ってきた。

夜中に我が家の小麦を2台のコンバインが収穫中
タカちゃんの運転するコンバインに同乗
車体の割りに早く動き小回りもできる
コンバインが穂からモミをつけた粒の状態までして、ダンプで乾燥工場へ運搬する

帯広市内の私立あじさい保育園で夏祭りが28日土曜日18時から行われた。
開会の合図は、母がはじくドン豆の爆発音。
母が「耳を閉じてーいきまーす」 ッドン””!!
場内は特別沸くわけでもなく、一瞬の出来事に何が起きたの!?そんなリアクション。
北海道おびひろでの暮らしも50日ほど過ぎました。
畑と牧場を中心としながらも、6月下旬にはタカちゃんと道南の瀬棚に向け夜中に出発して、交代で運転し夜明け前に到着、次の日の夜明け前には出発するヤング旅を行ったり、7月中旬には新得共働学舎を訪問したり、地元の友達に久々に会ったりして過ごせた。体力があればもっともっと遊びもしたかったけど、まる一日太陽の下にいるだけで疲れ、22時には就寝し6時からまた新しい一日が始まるといった毎日だった。

母の起きてる間中動き続けられる体力には正直驚いた。暑い日ざしを受けながらも腰を曲げ草取りを続ける忍耐力とスピード、気づくと倍以上前に進んでいた。
家に帰ってからも家事をこなす母強し。
受粉して、これから大きくなーれ

3週間前に芽摘みをした南瓜-カボチャ-も拳二つ分ほどの大きさになっています。
今月2日に東京に行き、3日夜からイタリアでの暮らしが始まります。詳くはローマより報告