2012年7月7日土曜日

はぬけ


昨夜は小学生の頃、2年間入団していた児童劇団の先輩の誕生会に兄とともに参加した。

外山家の男四兄弟の末っ子の僕は、まず3人の兄が歌や踊りを練習する姿を見ていた。
当時小学校低学年の僕は前歯がなかなか生えてこず、あだ名は「はぬけ」。3年生と5年生の2年間を、市内まで30分の道を送り迎えしてもらい、冬の公演前は毎晩通ったのであった。
小3~中3までいる団員のなかで、ひときは歌も踊りもへたくそな僕には専属で、卒団生で高校生のなつみさんが付いてくれた。話は聞いているようで聞かず、ちょろちょろきょろきょろする僕の専属指導は相当な忍耐力がいる。しかってくれても反省しないとこは、今日まで引きずってしまった・・・・そのなつみさんの誕生会を前歯が生えた僕で祝えたことは、とってもうれしかった。

春に我が家に設置されたソーラー
地域全体でもこの型のソーラーがあちこちに
平野でやや晴れやすい十勝にはもってこい

光をさえぎっていた松をじいちゃんと伐採

倒れた白樺を母の花壇に利用


道路沿いの外山農場

今朝雨にぬれたポテチ用じゃが芋の花

今月4日から隣の加藤牧場に毎夕方の搾乳バイトへ

2012年6月27日水曜日

畑中心の暮らし



我が家の畑から望むポロシリ岳。
峰の残雪ももう、畑からは白い糸のよう。
菜種の花も終盤を迎え、花びらは落ち
養蜂園から働きに出されたミツバチも箱ごと帰っていった。
旅を終えて家に帰ったが、最近まで気持ちは落ち着かなかった。
旅中の家族では出なかった、何でも口にする遠慮ない僕に出会ったこと、
17日に外山家でイベントがありその準備と反省で慌てたこと、
少年と呼ばれた僕が20日で二十歳になったこと、
これからのこと、




良し悪しをその場限りで言い切り
いつも「結局~」とその場限りにまとめる。
その場限りの評価をする僕は
人の生き方に惑わされ、
人の生き方を比較するせいで、
人と自分の比較から、離れることができない。




5日前まで冬用のダウンを着ていた僕は
ここ3日間の快晴で日焼けをし、首がひりひり痛む。
豆畑の草取りに祖父、母、兄、僕、
家にいれば仕事がある。

一列340mある畝を、柄の長い穂がまを持ち、両脇2本づつ見ていく。
中学生の頃に感じた一列の遠さが、今の僕は、あの時ほど永くは感じない。

2012年6月9日土曜日

おぐにっ記


自転車は順調に進み、夕暮れ前には小国町叶水到着した。
雪国は5月を前にしても、まだ雪景色と汗が凍るような冷たい空気に包まれていた。

叶水大橋からの飯豊山とダム湖
 川崎家の田植えを手伝ってから出発する予定を立てていたが、今年は豪雪だったから田植えも遅れるとのことだった。
 「いつ帰るの?」と何人もの人に聞かれるが田植えがなかなか始まらず、出発の日にちが伸びていった・・・・・・  「田植えが終わったら帰る」は予定とはいわないのかもしれない
田に雪は深く、山にも緑はない
長い ふゆ
ひと足早く、ビニールハウス内に稲の苗が生きていた
ひとまず愛媛の岡田農園での仕事の報告とお礼をしに、支えてくださった今野先生ご夫妻にあいさつに行きました
日本友和会の皆様、ありがとうございました。
GWに突入して宮城へ
宮城川崎でお花見
 仙台で友達と合流し、レンタカーで被災地を3日間見学した。
  被災地に入ると辛く、帰りたいと感じた。僕が石巻を去って半年が立つというのに、現地の変化は大きくなかった。
  この先を見出すことがどれほど困難なことか、やはり行ってみないと分からない。



小国へ戻り田植えが始まるまでは、屋根に上りトタンはりの助手をしたり、テーブルづくりやお菓子作りをした。

力を入れたのは、川崎家に来ている藍ちゃんと叶水の洋介君との釜づくりでした。 
もともと釜があった跡地に竹で枠をつくり紙をはる。
枠の上から、イグルーのようにレンガを積みあげ、土で接着していこと4日
 
考えながら作っていくため、なかなかペースは上がらない
その上から泥を重ねる

田植えも始まり2週間ほど乾燥させ、釜入れ当日
気流も回り煙突から煙が立つ。アーチが崩れる心配もしたが、なんとかもっている

よし 順調 順調!

夜にはピザパーティーで盛り上がる


ピザの写真はないが、焼き立てピザを食べたときの原さん(僕の担任)の笑顔からもそのうまさが伝わってきますね

プレゼント用のアシタカ頭巾を作るも、自分がもののけ姫にはまり、アシタカになりきろうと努力した時もありました。
6月8日に田植えがほぼ終わりましたので、田植え作業で日に焼けた僕は今日(9日)出発します。
どこに出発?結局、自転車を置いて今夜、新潟から北海道へフェリーで帰ります。
自転車旅行は?いいんです、手段は変えても、家に帰る目的は一緒なので。
あす夜には帯広の実家へ                                     つづく

大工になろうと思っています

 更新を楽しみにしてくださり、ありがとうございました。

 
高校時代の先生。今でも日課のジョギングを続けていました。
 自転車旅行あのまま続けていたら・・・・・・・ 
       今頃どこにいたのでしょうか?
 
 4月末、新潟市に住む國分先生に1泊お世話になり、翌日隣町の斑鳩(いかるが)建築さんの建物を設計士の村尾先生にお願いし、見学させていただきました。
 

 

まず初めに向かったのは、斑鳩建築さんの代表的な建物
こまくさ保育園

玄関に入ったとたん木の香る、明かりるい空間が広がっていました。
 
中へ進むとホールがあり園児が遊んでいました。
4本の樹齢100年の根曲がりすぎが存在感を示しています。

その頭上には・・・・

伝統技法「四方転び」で4本の根曲がりすぎが、がっちりと組まれてありました。
設計士の村尾先生からは、斑鳩建築の大工の技と知恵にたいする信頼と誇りが伝わってきました。


その後、「越後に生きる家をつくる会」の会長も務める村尾先生のご自宅へ。
当会は県産材を使った家づくりを推進し、大工と設計者、製剤所、
林業家をつなぐネットワークをつくろうと発足しました。

「100年生きた木は100年生かす」

そうでなければ、
どこかで森が消えていく

まさかりで何千発も殴り、手斧で調整された梁。  素敵すぎる

なんということでしょ~。 
100年生かす構造はうつくしい


お昼過ぎにはてんぷらそばまでごちそうになりました。
村尾先生宅からの帰り道は、先生が近道を先導してくれました。

 
新潟から山形へ抜ける113号線の手前には、高校3年生の時に登った二王子岳を望むことができました。
先生ありがとうございました。

 気合を入れて始めた自転車旅行も、新潟を過ぎ山形県小国町まで到着すると40日ほど腰をおろすことになりました                                   
                                             つづく






2012年4月26日木曜日

いろいろ切り替えました

ブログのデザインを変えてみました。(ただ表紙の画像が今ひとつパッとしないのが残念)
  実家にたどり着くまではこれでいこうと思います。

  旅のスタイルもヒッチハイクからチャリ旅に変えてみました。
 
  
  24日の暑さが、夏の近づきを感じさせ「体力をつけよう!!」とひらめき、埼玉県越谷市内の道端の自転車屋さんで自転車を購入しました。変速はないものの自動LEDライトに荷台つきの茶色い新品チャリ。
  こぎ始めてすぐ、かごが若干傾いていると気づいたが、それ以外は何の問題もなく快適。その日は、穏やかに流れる利根川沿いの小道を群馬県高崎市まで進み、公園で宿泊。

 
  25日は交通量の少ない三国峠を越え、雪国新潟へ抜けた。峠からは下りが続き、苗場スキー場やまだ営業中の神楽スキー場前を通り、 錦鯉の郷 新潟県小千谷市まで到着。高校の同級生宅に泊めてもらう。
 26日は温泉に連れて行ってもらい小千谷名物へぎそばを食べ、ちぢみ織を友達と見学した。

 
 
  
 関東とは季節が逆戻りしたことで、まだ体がついていけてない。

 
  
 
 
  
新品の自転車
三国峠のトンネル手前。へとへとで自転車を押して越えました。

 
  
 
 
    

トンネルを越えると雪国に変身

2012年4月21日土曜日

再会多き東京


大学や企業の集中する東京では人との出会いや再会も多い。

3月31日はパルシック@石巻お茶っこ報告会(in広尾)があり、スタッフやボランティアさんと再会した。ボランティアから戻り東京で日常生活を送っている方々と被災地ではなく、東京で再会したのは場違いな感じがした。きっと相手にとっても東京の僕は、どこか違うと思ったでしょう。

4月8日には、高校の後輩の関東・新入生歓迎会に参加した。小金井公園の満開の桜の下、僕の学年の一つ先輩も含む3学年が30名前後集まった。
卒業式から2年ぶりの先輩とも話せ、期待以上に嬉しくなり、僕は久々に和の中で騒いでいた。

4月18日は波並さんと9年ぶりの再会だった。波並さんはNHK教育テレビ・ひとりでできるもん!に僕が出演した際に出会ったスタッフの方でした。当時、小学校5年生だった僕を覚えていてくださり、半年ほど前から連絡交換が始まった。
「東京に来たのでお会いしたいです」と連絡すると、偶然にもお住まいが居候先の加藤家から徒歩15分の場所にあり、お宅にお邪魔した。旅行の話を主に、お昼から夜まで会話は続きました。

時が過ぎても会える方とは会えるものなんですね。
まだまだ短い僕の人生ですから、これからはもっと多くの出会も増えていくと思いますが、是非またお会いしましょう。
波並さんご夫妻との一枚

2012年4月20日金曜日

内装作業

3月末から4月一週目までの2週間、ぼくは東京の通勤を経験した。仕事先は淡路町にあるNPO法人パルシックの事務所で、仕事内容は事務所の内装作り及び引っ越しでした。
 
 パルシックは3階から1階に移り、ショーウィンドーを取り付けその一角をコーヒー・紅茶、野菜などの販売に取り組む計画を立てていました。その中の棚や間仕切り、壁作りなどのご依頼があり、喜んで受けました。
  
 僕のコンセプトは、「木の薫(かおる)空間」でした。が、いざ始めてみると都心の環境(知らない地理)では、素早くことを進めるのは困難でした。材料調達のホームセンター探しに、車の手配、道具の調達や、現場に合わせた材料と構造の計算。「出来ます」と自信はあっても、所詮素人。「一人で担うんじゃなかった」と後悔していた初めの三日間は、現場の状況に変化無し。

 そんな僕にも協力者がいてくれて、なんとか下準備を済ますことができ、5日目にようやく作業が始まった。すると、手を動かし始めると気分が楽しくなり、帰りの満員電車までそんな様子でいられた。

 当初考えていたよりも時間がかかってしまったが、それなりなものが出来たことにひとまず安心している。今回の学びは、物事は焦って始めるより、計画を立て、設計図を書き進める方が早く終わる、ということだった。
 何とかなったものの、行き当たりばったりに頼っていては、いけないこともあると知りました。